友人たちとリレー小説しました。

※随時更新して参ります※

 1番バッター:PN:前田・ルクソール・彦右衛門 さん


人生には、どうしても避けられない壁というのがいくつかある。
 たとえそれがどんなに高く、越えがたい壁であったとしても。
 これまでにも何度となくこの壁を乗り越えようと試みたが、その度に悉く跳ね返されてきた。
 周りに目をやれば、同じように壁を乗り越えられずに苦しんでいる人もいれば、あっさりと壁を乗り越えてしまった人もいる。
 その差は一体何なのか。
 壁を乗り越えるために必要なものは何なのか。
 才能? 努力? 技術? 性格? 相性?
 自分で考えても答えは出ない。壁を乗り越えた人に話を聞いてみても、はっきりとした答えは返ってこない。
 時折全てを投げたしてしまいたくなるが、それでも踏み止まっているのは分からないことだらけの現状で、たった一つだけはっきりとしていることがあるから。
 立ち止まったら、その分だけ不利になるということ。
 ふと窓から空を見上げる。
 そこには抜けるような青空が広がり、道行く人の楽しそうな声が聞こえてくる。
 いつか自分にもこの青空の下、楽しく声を上げることができるのだろうか。
 樋口薫、22歳。季節は秋。
 内定はまだ、無い。
 

 2番バッター:PN:海野杢津 さん


 しかし、薫は働いたら負けだと思っているので、その辺は別に良かった。
 いかにして楽な生活を送るか、それだけを終始考えている。さっきの壁というのも何もせず楽に生きるために、どのくらいの壁を乗り越えたらいいのかと考えた末に思ったことだった。
 立ち止まらず、そして楽に……。
「難しい問題だな」
 こんなことを言うと、大概の人は「いや、働けよ」と言う。だが、薫はそう言われる度に相手に問うた。
「働くことになんの意味があるの?」
 こう訊くと相手は自問自答して結局何も言わなくなってしまう。働くというのはやはりその程度のことなのだ。
 だけど、その日の相手は違った。相手は合コンで知り合った相手だったのだけど、薫が自分の考えを述べたとき、相手は即答に近い形で言葉を返してきた。 

 

 3番バッター:PN:仁義 さん




-------------------『真面目に働いて、来たるべき日に備えるためだよ』

初めは、ただ結婚なんかの人生のイベントに備えて貯蓄することを言っているのだと思った。
ただ、後に続く言葉からまったく違う意味を含んでいるのだと気づいた。

『私達の日本を取り戻すために』

そう言ったのはごくごく平凡な、大人しそうなメガネ男。年齢は20代後半といったところか。

1人くたびれたスーツに短髪で、いまひとつ垢抜けない。正直もさい部類だ。完全に数あわせで連れて来られたのだろう、横にいた別の男が怪訝そうな顔で彼を見ていた。

『どういう意味ですか?』

私は質問を返し、気がつくとメガネ男と連絡先を交換していた。

お話するよりも見ていただければ、と穏やかながらも熱を帯びた口調で言われて数日後、私は高円寺のライブハウスに向かった。

メガネ男にあまり下心らしい素振りが見られなかったので、私は彼の出演するというライブを観にいく約束をした。

下心はなくとも、体よく客にされただけかもしれない。
高校の時に友達の彼氏のバンドを見に行った時も、その後の打ち上げでいろんなバンドマンにメルアドをきかれてから告知メールの多さに辟易した事がある。

あの時のライブみたいに、下手くそな演奏でどっかできいたような歌をがなられるだけかもしれない。

でももしかしたら。
諦めと期待をこめて防音のドアを開けた。

メガネ男はただ立っていた。

あの時と違うのは、頭の学生帽と赤い赤いフンドシ。

手には拡声器。
裸の胸には墨で『大日本帝国』の文字。

店内は荘厳な雰囲気に包まれ、正確にはドン引きしているのがわかった。

『我々日本人は、正しい歴史を知るべきである!この国を守るべくして戦った先人たちを、敬えど蔑視するなどもってのほかである!』

短い演説の後、彼の歌が始まった。
「同期の桜」という軍歌をアレンジしたものらしい。

演奏者はおらず彼の他には自作と思われる音が流れるだけ。
現政権を批判するようなオリジナル曲から、現政権を批判するようなオリジナル曲から、知らない(たぶん)軍人を讃える歌。

不思議と客は帰らなかった。
背筋を伸ばしてフンドシ姿で熱唱する彼は、戦争映画から抜け出た人のようで時間が止まっているかのようだ。

最後の曲は、耳慣れた『君が代』。

苔のむすまで、を歌い上げた彼はこちらに向かって敬礼をした。

私は、彼の答えを答えにしたいと思った。


 

 4番バッター:PN:no さん


 ふんどし男の名はレズビー・アンと言った。

 おそらく偽名だが気にならかった。

 彼の背徳的だが前進姿勢の生き方に否≠ニいう文字を見つけられなかったからだ。

 きっと、彼はいろんなものと戦っている。

 もしかしたら、身近な人物としてはエコという印籠を持って権威の上にふんぞり返る近所のおばさんと戦っているかもしれない。

 

 

 

 

『ゴミは分別するようにって言ったでしょうが!常識を考えなさいよ!』

『人のゴミ袋を開けて見てる奴に常識なんて言われたくねぇーよ!』

『透明なんだから仕方ないでしょうが!見えちゃうのよ、紙くずとペットボトルが混在しているのが!』

『何の免罪符にもなってねぇーよ!!結局開けて見てんじゃねーか!』

『ひ、ひ、表現の自由よ!』 

『このクソババ!いいや、お前なんかオバサンサンタリアで十分だ! いいか!?その中には俺の生活のすべてが蓄積されて、今、まさに俺の手から飛びだとうとしているんだよ!ゴミ処理場で俺の一部が消えようとしてんだよ!最期のときを邪魔すんなよ!これはもう葬式なんだよ!儀式なんだよ!誰か坊さん呼べよ!』

『きぃいい、訳の分からないことばっかり言って!総務省に訴えますよ!』

『総務省関係ねぇだろうが!』

 

 なんて口論を朝の六時ぐらいからおっぱじめていそうだ。

 

 

 1番バッター:PN:前田・ルクソール・彦右衛門 さん
  「結婚してください」
 薫は今自分の目の前でホットコーヒーを飲んでいる相手に、そう告げた。
 その相手はもちろん、レズビー・アン。
 初めて彼のライブに行き、彼の生き方を目の当たりにしてから、薫はいつもいつも彼のことを考えるようになってしまっていた。
 今彼は何をしているのか。また何かと戦っているのか。それとも誰かと穏やかな時間を過ごしているのか。ふんどしの色は赤だけでなく白もあるのか。
 考える時間が長くなればなるほど、彼のことをもっと知りたくなるのは自然なことだった。
 彼のことをもっと知るにはどうしたらいいのか考え続け、薫は一つの結論に至った。
 それが彼との『結婚』であった。
 周囲の人間にこのことを話したら、皆口々に「マジで言ってるのか?」「ちょっと何言ってるのかわからないです」「いや、その発想はおかしい」「4月馬鹿には早過ぎるだろ」「順序が逆じゃね? お互いをよく知ってから結婚じゃね?」「病院に行け」「ああ……きっと疲れてるんだよ」等と、実に常識的かつネガティブな発言をしてきた。
 もちろん薫はそんな言葉に耳を貸すつもりはなかった。
 彼を理解すること。それが今の薫にとって最も大事なことなのだから。
 初めて会った時と同じよれたスーツを着ているレズビー・アンは、しばし動きを止めた後、薫の真意を探ろうと口を開いた。
 「それ、本気で言ってるの?」
 薫はもちろん、と力強く頷く。こんなことは冗談では決して口にする事はできない。
 「いや、でもキミは……」 
 

 

5番バッター:PNフォアロゼさん


レズビー・アンが言い終える前に薫は立ち上がり、彼の唇を自らの唇で塞いだ。
唐突に訪れた沈黙。そこに存在するのは、彼の困惑した視線と、荒れた唇の感触だけ。


「…言わないで」
十秒以上に及んだ長いキスの後、薫は肩を震わせながら言った。
「でも…」「言わないでっ!!」
無意識に薫は叫んでいた。心の奥からの、悲鳴に近い叫び。
暗く、ある種の重力すら感じさせる叫び。


驚いた周囲の客たちの視線を感じながらも、薫は言った。
「…大きな声出してごめんなさい。あなたが知ってたなんて、思ってなかったの」
「そうだよな、ごめん。こんなタイミングで言う事じゃなかった」
「違うの、そうじゃないの」


…違う?
レズビー・アンの脳の襞に、なんとも形容し難い違和感が染みこんでいく。



「確かにあたしは薫だけど、でも本当は薫じゃない。香織なの」
香織?誰だよそれ。

「22歳無職、ってのもウソ。本当はキャバクラで働いてるの、知ってるでしょ?」
いや、初耳。え、じゃ薫ってもしや源氏名とか?

「あなたとの関係も、最初は好奇心だったの。鳥肌実を超える逸材かも、って。でも期待はずれ、とんだ勘違いクンだった」
「…勘違いクンだと?あのなぁ…」
「黙って聞いて!」
…はい。


「とんだ勘違いクン。でもね、聞いて。あたしには何かが響いたの。ポリリズムを多用した『同期の桜』とか、『君が代』の斬新なリハーモナイズとか。でも、そういう安易な技術には騙されないの、あたし。知ってるでしょ?」
いや、知らない。つーか誰アンタ?音楽評論家?

「あなたの歌は、本当に歌ってた。まるで誰かの事を想っての言葉みたいに、自然に、力強く」
素直に嬉しいかも。でも、喜んでいい状況なのか?コレ。


「で、気付いたんだ。この人、あたしの事想って歌ってるんだ、って」
いや、それ違うから。

「この人なら、あたしの事を真剣に愛してくれる。あたしが嘘で塗り固められた人間だとしても。あたしがどうやって日々楽な生活を送るかばっかり考えてる人間だとしても。あたしが人のゴミ袋勝手に開けて眺めるのが趣味だとしても。あたしがレティクル座から来た王女だとしても。あたしが東京電…」
「…もういい。とりあえず出よう」


参った。
「でもキミは長女だよね、お父さん心配しない?」って常套句でお茶を濁すつもりだったのに。
オレも知らない情報がぽろぽろ、しかも多分に深刻な、いろんな意味で深刻な子だったとは。
どーしよ。でもぶっちゃけ、さっきのキスは上手かったなぁ…参った、いろんな意味で。


レズビー・アン(本名 田中弘幸)、27歳。音楽業界からのオファーはまだ、無い。
季節は、早くも春を迎えようとしていた。

 

 2番バッター:PN:海野杢津 さん


 

 27歳にして青春真っ盛り。
 物事に遅いなんてことはない。それに人生は何度でもやり直せると聞いたことがある。
「俺の青春はこれからだっ!」グッと拳を天に翳す。
「じゃ、じゃあたしと結婚してくれるの?」
 薫のテンションが上がる。しかし、田中は一瞬前とは別人のように冷ややかな表情で、眼鏡のブリッジを押さえ、位置を修正した。
「それとこれとは話が別だよ。俺は君の事を何も知らないに等しい。何も知らない人とは結婚出来ないよ。どうなるかわからないしね」
 田中は意外としっかりしている人間だった。一応30歳までに結婚したいという願いも持っているし、今まで女にモテた事など一度もなかっただけに、これがラストチャンスかもしれない。
 でもだからと言って、このまま流れに任せて結婚していいとも思えなかった。
「あ、あたし、あなたが音楽に専念出来るようにするよ?」
 薫は潤ませた瞳で田中を見上げる。
「う……」
 とんでもなく重い一撃だった。薫の言葉は端的に言ってしまえば、田中に貢ぐという事だ。それはかなりおいしい話。しかも上目遣いまで……。
 心が揺らぐ。
「と、とりあえず考えさせてくれ……」
 そう答えるのが精一杯だった。
 

 

3番バッター:PN:仁義 さん


ふたりが、この恋は他の誰よりもデンジャラスハリウッド映画〜気合いで日本深夜ドラマ化〜みたいな事をやっている間にもこの国は大変なことになっていた。

都心部のある部屋にて、男は頭を抱えていた。

男の名は菅直 人志(スガナオ ヒトシ)、この国の首相である。

『ああ…なんで俺の時ばっかり…』

この国は数ヶ月前、未曽有の事件に見舞われていた。
彼はその対応と兼ねてからの不手際により、自らも政権も既に風前の灯火。心も既に停電しそうだった。

『むおぉぉー、ありえないから!だってこんなん僕初めてだもん、やったことないんだもん!!』

密室でただをこねるくらいしか、今の彼に逃げ場はない。

だがさらに、彼に考えもしない事態が降りかかるとはこの時誰も予想だにしていなかった。
 

 

 

6番バッター:寿限無 さん

部屋の中でひとしきり駄々をこねて、冷蔵庫からペリエを取り出し一息に飲む。
それから携帯電話を出し、いつもこの時間にするのと同じように同じ所へ電話をかける。
管直は自分の事をよく知らない。いや、それはこの国のほとんどの人間に言える事だろうが。
この国には自分がどこまでの範囲に「存在できている」かわからない人ばかりだ。
退屈に足を取られて、もがき苦しむうち自分の腐敗を早めてしまう人たち。
国民の代表である菅直はこういった国の負の部分ばかり代表しているようにすら見えた。
「さっ、まあまあまあ、落ち着こうや。よし、椅子に座りましたっと。
はい、窓から日本が見えますっと。はい、これ僕の物。
いつもと一緒。僕の国」
電話が鳴る。
「うっせえな、誰だよ、これからオナニーすんのに。はい、もしもし?」
「菅直さん、緊急です。今すぐ来てください。なんと表現していいのかわかりませんが、思ったより事態は最悪です。
その、、、東日本全土が『やわらかく』なっています!」
「、、、、、、っはあ?」

 

 4番バッター:PN:no さん


銀河の果て。
宇宙にて。
アブルム・アムアムは地球の様子をフォログラムで存分に眺めていた。
「やっぱり、気になりますわ。ちきゆ。ちきゆって不思議な国☆」
アムアム、通称アムは、ピリリナ星の王女である。
地球人とほぼ同じ外見をしているが、髪はピンクで目は真っ赤。纏う衣装もピリリナ星でしか作れない素材の……光沢のあるドレスだ。
「この星に、アムの婚約者がいるかもしれないです☆ ぜひ、行ってみたいです☆」
ピリリナ星人の寿命は五億。アムは一億五千歳だった。ちょうど婚期だ。一度の出産で平均100人分の卵を産むピリリナ星人の出産率は低く、結婚しない者も多い。
しかしアムは「いつかアムの王子様が現れて☆ アムといろんなことして、子供いっぱいで☆」と、夢を捨てない王女だった。
結婚を嫌がる星人が多い中、跡取りの心配をせずに済んだ両親は、安心してアムの結婚願望を応援している。
「やっぱりアムはちきゆに行きます☆ それがアムの運命なのであります☆」
アムは決意する。
「じゃ、さっそく宇宙船を移動です☆」
そのとき、銀河の星がひとつ、輝いていた恒星が明滅した。
「――っ! しまったです☆ 爆発しますわ☆」
アムが危険を察した瞬間。
宇宙船は寿命を終え、突如爆発した恒星の最後に巻き込まれ、進路を失った。

 

 

1番バッター:PN:前田・ルクソール・彦右衛門 さん


 「今日はグリーンカレーに挑戦してみました!」
 「お、おう。そうなのか」
 レズビー・アンこと田中弘幸は、あれから樋口薫と同棲をしていた。と言っても薫が一方的に押しかけて来てそのまま居ついてしまっただけなのだが……。
 それでも樋口薫は前に言ったとおり、田中が音楽に専念できるようにしてくれた。炊事や洗濯といった身の回りの世話ばかりか、生活費や音楽制作にかかる活動費まで渡してくれた。
 夢にまで見た音楽のことだけを考えることができる環境。そんな理想的な環境にありながら、田中はまだ結果らしい結果を出せていなかった。
 それどころか、最近、自分の中にあった燃え滾るような情熱が感じられなくなっていた。
 何もしなくても生活が出来てしまうこの環境が情熱を消してしまったのだろうか……。
 そう思うこともあるが、かと言って今の生活を手放す気にもなれない。
 (堕落ってこういうことなのかな……)
 二人で暮らすには手狭な1Kのマンション。普通の女ならあれこれと不平不満を言うものだ。でも。
 (何でか旨いんだよなぁ。このグリーンカレーとやらも……)
 何をやらせても薫は完璧だった。
 散らかり放題だった田中の部屋はたった一日で綺麗に掃除された。それでいて必要なものは必ず手の届く範囲にあるのだから、非の打ち所が無い。
 しなびた野菜しかなかった冷蔵庫の中身だけで、シェフも顔負けといった料理を作り上げた。
 仕事は何をしているのか詳しく聞いていないが、相当な稼ぎがあることは間違いない。以前決して安くはない器材が突然送り届けられたこともあったぐらいだ(もちろん支払済で)。
 それでいて結果を出せずにくすぶっている田中を非難することもなく、「大丈夫! あなたの音楽は絶対に認められるよ!」と励ましてくれる。
 せめて薫に何か一つでも欠点らしい欠点があれば、それを理由に薫を追い出しこの環境から抜け出すこともできたのかもしれない。
 (そんなこと、できやしねぇよなぁ……)
 ふとテレビを見ると、首相である菅直の記者会見の様子が流れていた。
 本当にコイツは非道い。政治家としても、人間としても。画面越しだけでもそれは十分に分かる。今も訳のわからないことを言ってる。何だよ。東日本全体が柔らかくなってるって。意味わかんねえよ。しかも原因は全くわかってねぇとかほざいてやがる。そんなんでよく記者会見なんてするよな。これを聞かされた国民がどう思うかなんて考えてもねぇんだろうな。
 こんなアホに日本を任せることは出来ない。その為に戦ってたはずなのに。今じゃどうだ。つまらねぇリーマンと一緒でテレビを見て愚痴をこぼしてるだけじゃねぇか。
 澱んだ気持ちを変えたくてテレビのリモコンに手を伸ばそうとしたら、その手を突然掴まれた。
 驚いて振り向くと、そこにはいつになく真剣な面持ちでテレビを食い入るように見ている薫の顔があった。
 「今、F島県の山中に何かが落ちたって言ってたよね?」
 もう一度テレビを見ると、記者会見のニュースは終わり、次のニュースをやっていた。
 「私、行かなきゃ」
 薫はそう言い残すと、部屋を飛び出していった。
 「ちょ、待てよ!」
 薫の後を追い、田中も部屋を出た。
 

 

5番バッター:PNフォアロゼさん


「私、異星人問題の担当なの。日本版MJ-12の一員ってトコね」

薫は一瞬振り向いて、事も無げにそう言った。あー出た、いつもの虚言癖。今回も「へー、そうなんだ…」で誤魔化すハメになるのか、うーん。
「今日中に迎えが来るはず。久々のデート、付き合ってくれるよね?」「あぁ、もちろん一緒に行くよ」機嫌を損ねない様に、精一杯の作り笑顔で。
「良かった。ちょっとアレな状況だし、断られるかと思って…え、うそ?早い、もう来てる!」はぁ、さて何が来たってんだろ?と覗いてみる。

…何だこりゃ?明らかに場違いな黒塗りの高級車が三台。しかもナンバープレートが変だ。何?外交官車両とか?あ。真ん中の車から、これまた全身黒尽くめの男が二人、車から降りてくる。

「…事前連絡も無しとは、随分な対応だこと」「申し訳ございません。一刻も早く、との長官の命令でして」「…相変わらずね。現地の状況は?」「ニラサワの報告によりますと、どうやらピリリナ=マズル系らしく、意思の疎通は困難かと」「それはマズいわね。あちら方面は私も決して得意じゃないもの」


意味不明のやり取りを続ける薫と黒服。…うーん、何なんだ?このシュールな光景。エイプリルフールには早いよなぁ。まさかのエキストラ登場、冗談もここまで徹底されると感動的ですらある。いや、本当に冗談なのか?コレ。虚言癖の仲良しさん?三人は真剣に議論中。向こう側に見ていた狂った世界が自分側に迫って来る。そんな錯覚、妄想、違和感。

「…わかりました、10分後に出発しましょう。それから、彼にも同行を求めたいので、その旨連絡を」
えっ?呆気に取られる自分。そんな自分に存在に気付いたかの様に急な視線を向ける黒服二人。あぁ、アンタらの眼中には無かったのねオレ。

「しかし…」「問題ありません。"準備"は出来ています」「そうですか…了解致しました」

ふぅ、と小さくため息をつく薫。「ごめんね、無理なお願いしちゃって。本当に、一緒に来てくれるの?」
正直、状況は何がなんだかさっぱりわからない。どこまでが冗談で、どこまでがリアルなのか。しかし不思議な好奇心はあった。鬱屈した日常、殻を破れない苦悩。こういったモノを打破するには、こういった不思議空間もいい刺激になるのかもしれない。
「うん、一緒に行くよ。なんだか面白そうだし。それにさっき約束したしな」
それを聞いた薫は、いつもの様に微笑んだ。そして、そのいつもの笑顔が、どこか一点崩れそうになるのを感じ、慌てて背を向け「ありがとう…ごめんね」と小声で呟いた。
 

「分類上はヒューマノイドUb、外見からやはりピリリナ=マズル系と思われます」
参った。ニラサワの勘違いだと思ってたのに、ホントにピリリナ。あたし文献でしか知らないけど、ピンクの毛髪、真っ赤な目。間違い無い。

「目立った外傷はありませんが、頭部に打撲の跡が見られます。その後の行動から、脳に何らかのダメージを負っていると推測されます」
そうでしょうね。でなきゃこんなおとなしく捕まってるハズがない。可愛い顔して超武闘派だもの。

「その影響でしょうか、同一の言語パターンを繰り返しております。録音した物がこちらです」
でかしたニラサワ!解読は任せて。間違いの無い様に精密に音声解析、ベリー・スロウリィ。


『…ヤッパリ、気ニナリマスワ。"ちきゆ"。"ちきゆ"ッテ不思議ナ国★』
――地球の存在は無視する事はできない。なんとも不気味な存在だ。

『…コノ星ニ、あむノ婚約者ガイルカモシレナイデス★ ゼヒ、行ッテミタイデス★』
――この星には、いずれ私の母星を侵略する者が存在するかもしれない。是が非でも向かわねばなるまい。

『…イツカあむノ王子様ガ現レテ★ あむトイロンナコトシテ、子供イッパイデ★』
――あるいはそれは宿敵かもしれない。様々な形態の戦闘、これは幼子を戦火に巻き込むことすら覚悟せねばなるまい。

『…ヤッパリあむハ"ちきゆ"ニ行キマス★ ソレガあむノ運命ナノデアリマス★』
――やはり私は地球に向かわねばならない。これは運命であろう。

『…ジャ、サッソク宇宙船ヲ移動デス★』
――時は来た。私は宇宙船を発進させた。

『…――ッ!シマッタデス★ 爆発シマスワ★』
――着地に失敗した様だ。こうなっては自爆装置にて地球ごと爆破するしかあるまい。


以上が解読結果。あーあ、取り付く島もない。地球へ来た目的は単に暴力行為みたいね。単独行動みたいなのが救いだけど、星ごと敵に回したらもう即座に地球滅亡のお知らせだわ。

「樋口先生、いかがでしたか?」
地上で出迎えていたのは、委員会のお歴々と、ごく少数の日本政府代表。そして好奇心と場違いな空気に板挟みに悶える男、田中宏幸。愛しい。愛しさと後ろめたさからか、私は彼の顔を正面から見る事が出来ない。
「シミュレーションの8番と考えられます。今、菅直首相がお持ちのうさぎのぬいぐるみ。それが例の起爆装置でしょう」
「えっ?うわっとっと!」
こら、投げるなよ危ないな。

「直ちに各国の専門機関と提携して対処するより無いと考えます。迅速に、かつ秘密裏に。政府の公式見解としては"無かったコト"として処理して下さい。おわかりですね、首相?」
「もちろんです。明日の会見で"地盤は思っていたより硬かった"と発表して沈静化を図れれば、と」
…大丈夫かなぁ?この人で。かなり心配。

「例の生命体ですが。幸い、現在は墜落時のダメージにより危険性は低いと考えられます。しかし、ピリリナ=マズル系の可能性が高い以上、継続的な監視が必要でしょう」
覚悟を決めなければいけない。そう、地球規模の問題なのだから。

「私がここに残ります。"石棺"処置を施した上で、モニタリング設備の設営準備をお願いします」
ざわつく委員会。樋口先生、それは余りにも危険だ!との声が上がる。
「…危険なのはわかっています。しかしこれが最良の手段だとは考えられませんか?起爆装置が無い上に"石棺"の中。いくら武闘派のピリリナとは言え、これでは破壊活動も限定されるでしょう。それにほら、見た目は可愛いモノですよ?」
そう強がって、録画した端末を見せる。お人形みたいに整った顔、しなやかな裸体。あー、菅直首相の表情がみるみるスケベ親父に。…大丈夫かなぁ?この人で。ますます心配。

委員会としても、人的被害は最小限に留めたい。各自の葛藤、重い沈黙。そんな中、彼、田中宏幸の顔を覗き見る。事情の飲み込めない異常な事態。しかし、彼は出来る限り現状を把握しようと努力し、自分なりの解釈ながらも私と同じ結論に達している様に感じた。有難い。少し泣きそうになりながらも、笑顔で彼のもとへ歩み寄る。

「…心配?」
「そりゃもちろん心配だよ。でも、完璧主義な君の事だし。勝算はあるんだろ?」
「さすがね。周りに無駄に楽観視されても困るからまだ内緒だけど」
「殴り合う、とか?」
「まさか!あくまで直感だけど、対話する余地はあると思うのよね。ほら、ガールズトークってヤツ?」
「うわはは!そりゃ楽しそうだ。」
「これから猛勉強だけどね。発音難しいのよ、ピリリナ系の言語って」

思わず和んでしまった。つい昨日まで住んでた1Kの部屋、その風景が脳裏に浮かぶ。いけない。覚悟を決めなければ。

「…宏幸」
「うん?」
「短い間だったけど、あなたと暮らせて幸せだった」
「何言ってんだよ、この件さっさと片付けて帰って来い。待ってる」

そうしたい。もちろんそうしたい。しかし私には任務がある。自分なりに勝算はあるけど、何年かかるのだろう。それに、彼は知り過ぎてしまった。委員会のごく基本的なルール。これをねじ曲げてまで、彼を同行させてしまったのだから。


「…宏幸」
ダメだ、涙がこらえられない。心配そうに覗き込む彼を、もう一度正面に見据えながら、
「…ごめんね。そしてありがとう。これが今の私にできる、最大限の愛情表現」
泣きながら、彼にキスをする。

「…ごめんね。そして、これが私の最大限の裏切り」
もう一度キスをする。彼は即座に意識を失った。ルールを曲げるための"準備"、後催眠暗示。そのトリガーとしての、最後のキス。


「…これで、私と会ってからの彼の記憶は消去されました」
――私を信頼してくれて、彼を排除しなかった委員会のメンバーに報告。もう目なんか真っ赤なんだろうなぁあたし。情けない。でも…

「彼はこの先、何事も無かった様に生活を続けるでしょう。無論、今回の件も記憶に残っていません」
――あたしの事は忘れないで欲しかったなぁ。ワガママなお願い。それはもちろんわかってるけど…

「監視は不要です。このまま自宅に送り届けて下さい。鍵はこちらです、出来る限り自然な形で」
――もう少し、もう少しだけ時代が進んでればなぁ。記憶なんか消さなくたって、彼は今回の出来事を音楽に昇華させる事も出来たのに。しかもあたしはもう彼の中にはいない。信じたくない、でも巻き込んでしまったのは紛れもなくあたしだ、信じられない。嫌だ、やっぱり嫌だよ。止めどなく溢れてくる涙。

「…申し訳有りませんが、一時間程休憩を下さい。その後準備に入ります」
連中も心境を察してくれたのか、別室に案内される。そこに無造作に置いてあったのは、彼の私物のレコーダー。バカだなぁ、こんなモノ持ってたらそりゃ没収されるに決まってるじゃない!どっか抜けてんのよねぇ彼。思わず笑った。笑った後、反動で急に切なくなって。心の底から、泣いた。


「…ん?いつの間に寝てたんだろ」
レズビー・アンこと田中弘幸は、キッチンで目覚めた。
「なんでまたこんな所で…飲み過ぎたかな?」
確かに、前日の記憶がすっぽりと抜け落ちている。それどころか、何か大事な要件を忘れている様な不安に駆られ、慌てて手帳をチェックする。
「良かった、問題無ぇな」とりあえず一安心。と同時に、猛烈な空腹感に襲われる。
冷蔵庫を開けると、そこには鍋に入ったグリーンカレー。こんな料理を作った記憶は無い。んー、昨日飲んだ帰りとかにもらって帰ったのかな?と。温め直してご飯と一緒に食べる。お、これ美味い!エスニックな風味なんだけど、どこか懐かしい味がした。

食後にコーヒーとラッキーストライク二本。いつもの習慣。なんだろう。昨日まで随分苦しんできたのに、今日は行けそうな気がする。インスピレーション、というよりも、こう、もっと具体的な何か。例えるなら、宙に浮かんでる設計図。それを手に取る事が出来れば、自然といい作品に仕上がりそうな予感。今までこんな事は無かった。
「よっしゃ、さっそく手を付けてみるかな」
そう言いながら彼は立ち上がり、キーボードの前に座った。


二本の歯ブラシが立ててある洗面台のコップ。
そのコップのうさぎが、ちょっと微笑んだような気がした。

 

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